中間的共同体の再構築を!その2
sivadさんから前のエントリーにトラックバックを頂いた。sivadさんも『哲学』の中身。で、内田先生のブログの「中間的共同体」について書かれている。そこで、もう少し「中間的共同体」について考えてみた。
ウィキペディアによると、共同体とは、英語で言うcommunity、ドイツ語ならdie Gemeinschaft(ゲマインシャフト)で、地縁、血縁集団のことだそうだ。
ドイツの社会学者フェルディナンド・テンニースの定義によれば、ゲマインシャフトとは、他者と感情的に結合して共同生活をおくろうとする生得的な本質意志から生じる集団で、全人格的な結びつきを特徴とする。家族、民族、中世都市、教会など。(森下伸也『社会学がわかる事典』日本実業出版社より)
それに対してゲゼルシャフトは、何らかの目的を達成するために共同で生活しようとする理性的な選択意志から形成される集団で、打算的、契約的な結びつきを特徴とする。株式会社、大都市、国民国家など。
内田先生の考えておられる「中間的共同体」とは、これまで先生がお書きになったものから推測すると、sivadさんが危惧しておられるような「旧来的な家族制度の復活、ムラ社会の復建」ではないと思う。内田先生は常々「個人の多様なあり方が認められる社会」をよしとされておられるので、日本の「ムラ社会」的な、共同体の成員である各個人よりも共同体自体が優先されるような抑圧的な共同体を志向されることはないだろう。
そういえば内田先生は、死のロード初日において、「自分に代わって決定し自分に代わってリスクを引き受けてくれる複数の中間的共同体=「強者連合」について言及されている。これが具体的にいかなるものを指すのか、よくわからないが、例えば「政官財の鉄のトライアングル」などはその一つなのだろうか。
一方、「社会的弱者の救済のためにも、個人のデシジョンを限定する代わりにリスクをヘッジする中間的な共同体(金井淑子さんが提唱している「親密圏」というのはそのような共同体の一つだろう)の創設が喫緊の政治的課題」というのは、希望格差社会で書かれていたことと符合する。
内田先生が具体的にどのような「中間的共同体」を構想しておられるのか、お聞きしてみたいものである。先生御自身にとっては、「大学」がそのような「中間的共同体」に該当するのであろうか。他の大学へ移られるという話が聞こえてこないところをみると、居心地のいい共同体なのだろう。


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