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2005.05.17

論理という道具

内田先生が、空文の効用 で憲法について非常に論理的かつクールに語っておられる。先生の素晴らしさの1つは、極めてビジネスマインデッドであるという点だ。

このエントリーでは、「憲法9条」という「空文」があった場合となかった場合について極めて論理的に語っておられて、とても説得力があると感じた。

このエントリーに、truely_falseという方が「未曾有の経済成長を享受して、世界有数の経済大国になった」のは9条があったから”とも仰られますが、今の中国には9条があるのでしょうか。」とコメントされている。しかし、9条があったから経済大国になった、という命題が正しいとしても、では9条がなければ経済大国になれないかというと、そうではないだろう。

また、同エントリーにトラックバックされているbewaadさんの憲法第9条は空文か? というエントリーでは、戦後のアメリカがよりモンロー主義的であった場合と、アメリカがそもそも日本占領すらしなかった場合について考察されているが、第9条に意義があったかどうか検証するに際して、9条の存在不存在以外の条件を変えて検討するのは、思考の拡散をもたらすという点でどうかと思う。

極東ブログ のfinalventさんが、「finalventの日記」の方のブログ で、「論理というのはツールだというだけのことではないか。そしてツールというのは道具であり、道具というのは正しく使えば結果が出ると。」と書かれている。まさしくそのとおりであり、逆に言えば、正しく使わなければ結果は出ないということである。

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