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2005.05.10

誤読について考える

秀さんという方が、数学屋のメガネ というブログを書かれていて、度々内田先生のブログにもトラックバックされている。一つのことを突き詰めて考え抜こうとされていて、その姿勢が非常に好感が持てるので、毎回読ませてもらっている。

その秀さんが 読みとりの違い(誤読)について考える 1 というエントリーで、「誤読」について書かれている。

それについて興味があったので、オカダも少し考えてみた。

「誤読」というからには「正しく読む」ということがあるわけだが、手持ちの『大辞林』にはやはり「正読」という言葉は出ていなかった。

そもそも「読む」とはどういうことなのだろうか。『大辞林』には、一ー2として、「文字・文章などの表す意味を理解する」とある。

さらに、妹尾堅一郎『「読む」技術』ダイヤモンド社 によれば、「読み方」には「解読」と「解釈」の2種類あるという。

「解読」とは、データを読むにあたって、そのデータが作られた際に用いられたコードを探して、そのコードに従ってデータを読むこと。

「解釈」とは、あるデータを読むにあたり、自らの解釈基準自体を作り出し、それに沿ってデータを意味づけしていくこと。

この定義に基づいて言うと、秀さんが問題にしているのは「解釈」についてということだろう。秀さんは、内田先生の「2005年03月21日 希望格差社会」 というエントリーについて、自分とaraikenという人の読みとり方が大きく異なっていることについて考察していて、その理由を、「内田さんに対する信頼感の違いから来るものだろう。」としている。

妹尾さんによれば、読み方にも、「好意的に読む」方法と、「批判的に読む」方法とがあるとのこと。秀さんの読み方は、まさに「好意的に読む」方なのだろう。

「好意的に読む」には、「自分独自の考えを創り出すことができなくなってしまう」という欠点があり、一方の「批判的に読む」には、「揚げ足取りに終始して批判したつもりになり、肝心の著者のメッセージのポイントを逃してしまう」という欠点があるということだ。

オカダは、妹尾堅一郎さんの定義のとおり、「解釈」というのは、あくまでも主観的な行為だと考える。だから、8000人が読めば8000通りの解釈があるということだ。従って、唯一の絶対的に正しい「読み方」など存在しない。

しかし、内田先生がどこかで書かれていたと思うが、良い「読み方」と、良くない「読み方」とはある。良い読み方とは、それによってより豊かなものを得られるような読み方のことだ。そのことに気を配りながらテクストを読んでいきたいと思う。

ということで、秀さんの「読みとりの違い(誤読)について考える 2」に期待しよう。

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Posted by: http://puregreencoffeenews.jigsy.com | 2014.08.08 at 03:11 PM

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