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2005.06.01

メディアの存在意義

内田先生がブログ で、メディアについて語っておられるので、ちょっと長いが引用させて頂く。

メディアの仕事は、「情報の発信」ではなく、怠惰な読者が回避したがるこの「文脈の形成」という作業を代理することである。
ある出来事を報じるときに、それとまったく違う時代に違う場所で起きた別の出来事を「並べる」ことによって、その出来事の解釈は一変する。
出来事の報道そのものを改変する必要はない。
それを「どこに」置くか、何の「隣に」置くかで、解釈の幅や方向はまったく別のものとなる。
複数のメディアが併存しているのは、同一の出来事を報道する「違う文脈」が必要だからである。
同一の出来事の報道を「どの文脈」で読むともっとも「意味」として厚みや深みがあるのかを私たちが検証し、吟味できること、それがメディアが私たちの社会に存在することの意義である。

多くの(ほとんどの)メディアは、すべての出来事を「人間、所詮は色と欲」と「明日も昨日と同じことが起きるであろう」というチープな物語に詰め込んで毎日飽きずに報道している。

全くもって先生のおっしゃるとおりだと思う。ではなぜメディアがそうであるのか。それは、多くの(ほとんどの)情報の受信者が、そのようなチープでわかりやすい物語を望んでいるからだろう。政治家の質が、その周囲の有権者によって左右されるように、メディアの質もその受信者によって左右されるということだ。

そういうメディアの質を改善させるためには、情報の受信者の側が、チープでわかりやすい物語で満足せずに批判の声を上げることが必要だ。その意味で、受信者が声を上げるためのインターネットという道具を手に入れた意義は非常に大きいと思う。

そして、インターネットを通じて「文脈の多様性・物語のゆたかさ」を生成し続けるようなメディアを見出し、支援することも重要だ。

また、メディアが相互に批判しあうことも大切なことだと思う。そのためには、TV、ラジオ、新聞といったマスメディアがお互いを批判しやすくするために、資本提携を制限し、独立を維持させるようにすべきだと思う。

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