三浦展『下流社会』
三浦展『下流社会』(光文社新書)を読み終わった。きのうの日記に内田樹先生も感想を書かれていたが、そういえば昔、「○金」「○ビ」という言葉が流行った。amazonによれば、『金魂巻(キンコンカン)―現代人気職業三十一の金持ビンボー人の表層と力と構造』という本が出版されたのは1984年だから、もう20年も前のことだ。ちなみに、田中康夫さんの『なんとなく、クリスタル』が発表されたのは1980年。日本は、73年に高度経済成長が終わり、85年のプラザ合意を契機として、バブル時代に突入していくわけだ。
それから20年、バブル崩壊後低迷している経済状況の下で、内田先生の言う「下流生活者」たち(それはフリーターの人たちのことだと理解している)が増えたのは、第一に政府や日本銀行がマクロ経済政策に失敗してデフレを長く続けさせたこと、第二にその不況の中で企業が「リストラ」と称して人件費を抑制するために、政府が企業の側の「働かせる自由」を大きくする労働政策を行い、アルバイト、パート、派遣社員の増加により正規雇用の職員になる機会が大幅に減ったこと、第三に、自分のやりたいことをやるためにはアルバイトを長く続けることも、転職を繰り返すこともいいことだとの、リクルート社を始めとする企業の宣伝が浸透したこと、などが理由だと思う。
一方、当のフリーターの人たちも、この本に「頑張っても頑張らなくても同じ『結果悪平等』の社会より、頑張らない人が報われることがない格差社会の方を、国民も選択し始めているようにも見える」(266p)と書かれてあるように、竹中平蔵氏が主張する「頑張った人が報われる社会」、そして「勝ち組」と「負け組」にはっきりと分かれる社会、そして「負け組」になったのはあくまで自己責任という、つまりはアメリカ型の自由競争至上主義的社会を支持しているように見える。そして、意欲も能力もなくてもなんとか生活できる現状に満足している人も多いのかもしれない。
しかし、真面目に働けば年齢の10倍程度の収入を得られ、望めば結婚もでき、住宅ローンを組んでマイホームも手に入れられるような生活ができる社会の方が、誰にとっても暮らしやすいと思う。でもそれは、「結果悪平等」ということにされてしまうのだろう。正規雇用の職に就けないために、それらを望んでも得られないフリーターの人たちも多いようだが、そのような状況は非常に問題があると思う。
ちょうど「週刊ポスト」11月11日号でも、巻頭特集で『あなたも「下流社会」に転落する!』という記事が載っていた。著者の三浦展さんは、「子供を『下流社会』の住人にしないためには、どうしたらいいか」という問いに、「まずは、自分の子供を絶対にフリーターにせず、首根っこをつかまても正社員にすることです」と答えている。
しかし、新卒時にうまく正社員になれるかどうか勝負が決まってしまい、それは今の雇用状況の下ではかなり厳しいことで、それに失敗すればフリーターを続けざるを得ないという現状では、果たして有効な対策と言えるのか疑問だ。まずは景気をよくすること、及び今のような「働かせる自由」を制限することによって、雇用状況を改善することこそ先決だと思う。
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Comments
景気をよくすることと雇用状況を改善することは、本質じゃないと思います。
大切なのは、今より不況の時を危機管理意識として持ち、不況のどん底でも正社員で居られるように、日々努力する事だと思います。もちろん親も正社員に成れるように子供をがんばらせる事です。
個々が努力もしないで、政府にどうにかしなさいってのは、じゃあ税金でなんとかするから増税しますよって、今までの旧体制な赤字財政拡大政策と同じですよ。
Posted by: ググル使い | 2005.12.26 at 08:46 PM