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2006.02.28

『急行「北極号」』と『ポーラー・エクスプレス』

村上春樹が翻訳した絵本に、クリス・ヴァン・オールズバーグが絵も文も書いた『急行「北極号」』河出書房新社 というのがある。

クリスマスイブの夜、眠りについた少年のもとに、突然汽車が現れる。汽車の名は、急行「北極号」。行き先は、北極。クリスマスが近づいた頃に、親戚の子どもと一緒に読むとのにちょうど良さそうな、ちょっとしみじみするストーリーだ。

絵はどれもグレーを基調とした淡い色調で、冬の季節感が漂ってくるような印象だ。

初版は87年で、オカダが持っているのは2001年の第17刷版だから、根強い人気があるのだろう。『ポテト・スープが大好きな猫』にあったような、春樹さんの「あとがき」等が一切ないのが少し残念だけど。春樹さんが訳したオールズバーグの絵本は何冊か出ているようなので、他のも読んでみたい。

そして、この絵本が2004年に映画化された。タイトルは絵本の原題のとおり『ポーラー・エクスプレス』。DVD化されたので見てみた。

全編CGで作られていて、主人公の少年の顔には少し違和感を感じたけど、原作のイメージにかなり忠実な美しい絵で、なおかつオリジナルの様々な登場人物やエピソードなども盛り込まれていて、非常に楽しめた。「北極号」が山の中を爆走してアップダウンを繰り返すシーンでは、まるでジェットコースターに乗っているようなスリルを味わった。

また、音響効果もかなり凝っていて、最初に汽車が現れたシーンでは、汽車の音が後方から前方へ移動していくのだが、ものすごい爆音で部屋の床と壁が振動したほど。

映画の方も、クリスマスが近づいた頃に見るといっそう入り込みやすいだろうなあ。

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2006.02.22

『恋におちたシェイクスピア』

『恋におちたシェイクスピア』のDVDを見た。どこだったか忘れてしまったのだけど、どかのブログで、このDVDをカラー調整用に使っているという記事を読んで、見てみたくなったのだ。

以前にもレンタルビデオで見たことはあったのだけど、今回見直してみて、その映像に圧倒されてしまった。とにかく画面が綺麗だ。隅々までピントが合っていて鮮明だし、色も非常にカラフルだ。そして、本当に16世紀のあの時代に入り込んで撮影したのかと思えるほどの完璧な舞台設定は、凄すぎる。

なかでも綺麗だったのは、夜のお城の庭を映したシーン。薄暗い中に浮かぶ芝生の緑と、揺れる松明の炎とが何とも言えない幽玄さを醸し出していた。

また、グウィネス・パルトロウの白い肌とブロンドの髪も気品に満ちていて美しかった。ジョセフ・ファインズは、顔が妙に赤味を帯びていたのが気になった。誰かに似ていると思ったら、イチローだ。そう思った人も多いのでは。

プロジェクターを買い替えて本当に良かったと思う。こんなに美しい映像が見られるのだから、まだまだDVDというメディアも捨てたものではないなあ。

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2006.02.17

井上陽水『クラムチャウダー』

ブタネコさんが井上陽水について語っているのを読んで、陽水の『氷の世界』という曲のことを思い出した。今年は寒かったせいか、『氷の世界』がTVでも何度も流れていた。「まいにち 吹雪 吹雪 氷のせかいー」という歌詞の歌だ。

陽水と言えば、中学校時代、H先輩が陽水のデビューアルバム『断絶』のレコードを持っていたので、Hさんの家にプラスチック製のおもちゃのようなレコードプレーヤーとカセットテープレコーダーを持ち込んで、ダビングさせてもらった。そして繰り返し聞いたものだ。あの独特の高く張りのある声と、耳に残るメロディー、日常を鮮やかに語った詞。特に『人生が二度あれば』は圧巻だった。無性にもう1度聞きたくなってきた。

陽水のCDがうちには『クラムチャウダー』というのが1枚あったなと思って探してみたら、その他に、ブタネコさんが書いている『9.5カラット』と『あやしい夜をまって』というCDも見つかった。すっかり忘れてしまっていた(笑)。

早速『9.5カラット』を聴いてみる。84年発売の作品で、中森明菜の「飾りじゃないのよ涙は」や「ワインレッドの心」、「いっそセレナーデ」などが収録されている。今聴いても確かに音が鮮明だ。打ち込みの音が多用されているのが少し気になるけど。

そして『クラムチャウダー』を聴く。このCDは気に入っていて繰り返し聴いた。86年6月のNHKホールでのライヴ盤。当時好きだった女の子が陽水のファンで、特に「帰れない二人」という曲が好きだというので、その曲が聴きたくて買ったもの。ライヴ盤なのになかなか音がいい。ボーカルも楽器の音も明瞭だ。ギターの音が少し遠い感じだが。

バックメンバーも凄くて、ギターと編曲は大村憲司、浜口茂外也(Percussion, Flute)、村上“ポンタ”秀一(Drums)、高水健司(Bass)、中西康晴(Piano)、小林武史(Keyboard)。

一昨年、オーディオシステムのほとんどを買い替えた結果、かなり音が良くなり、音場が広がるようになった。このCDはライヴなので、特に音が部屋中に広がるように感じた。

最も好きな曲は、「ワインレッドの心」。安全地帯が歌って大ヒットした曲。演奏はベースの渋いソロから始まり、ちょっとボサノバ調のリズムが心地よく、間奏のフルートの長目のメロディーが哀愁を帯びていていい。

その次に好きなのは「ジャストフィット」。沢田研二のアルバムのために作られた曲とのことだが、完全にロック調で、とてもノリがよく、またアレンジが凝っていて非常に分厚いサウンドになっている。

「新しいラプソディー」は、このアルバム中唯一明るい曲で、力強いドラム等、雄大な音作りになっている。

#聞き直すきっかけを与えてくれたブタネコさん&タンクさんに感謝します。

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2006.02.10

書棚拝見

内田樹先生が『論座』からのご挨拶というエントリーで本棚について書いておられる。確かに、本棚に並んでいる本を見れば、その人の趣味嗜好がある程度わかるだろう。だから、自分の本棚の本を人にじっくり見られるのは少し恥ずかしい。

そういえば、先生が『文藝春秋』1月号の「同級生交歓」 で平川さんと写っている写真にも、背後に本棚が写っていた。

白黒なのでわかりにくいのだが、『フロイト著作集』が7巻あるのが目に付いた。付箋もたくさん貼ってあるようで、かなり読み込んでおられるのだろう。そして『ある父親』というのが見えるが、これはラカンの娘さんが書いた本のようだ。あと、『<女>なんていないと想像してごらん』ジョアン・コプチェク という本も見える。やはりその方面の本がが多いようだ。その他「世界の名著」シリーズが何冊も並べてあり、他には「フランス文法事典」や「六法全書」も。

この写真については、「ミッフィーちゃんのぬいぐるみ」とマンガ本が写ってないこと以外は、そのまま先生の脳の中身が投影されているのだろう。

それに対し、『論座』五月号の方では、

「どういう本を並べるとちゃんとした教養人に見えると思っているかを暴露して笑いを取る企画そのものに対する批評性をそこに並べた本を通じて発信する」というくせ技を繰り出すことにする。

ということだそうで、こういうところがいかにも先生らしいところだと思う。オカダならこの企画にベタに乗せられてしまうだろうなあ。『論座』五月号が楽しみだ。近所の本屋には置いてないので、買い忘れないようにしなくては。

ちなみに、うちの来客用の部屋の本棚には、村上春樹や小川洋子、大江健三郎、ドストエフスキーなどの本を置いていて、内田先生の本は書斎の方に置いている。

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2006.02.07

思考と言語

内田樹先生のまず日本語を というエントリーが評判を呼んでいる。オカダも「日本語教育にもっと時間を割く」べきという御意見に賛成だ。

人間がなにかを考えるときには、言葉を使う。例外的にイメージや音で考える場合もあるだろうが、ほとんどは言葉を用いるだろう。だから、より広くより深く考えるためには、なるべく多くの言葉を知っていてそれらを自在に操れることが必要だ。

従って、まだ十分に日本語を習得できていない小学校の段階では、英語を教えるよりは、もっと国語に割くべきだと思う。

そして、先生が提唱されている「ロジカルで音韻の美しい日本語の名文をとにかく大量に繰り返し音読し、暗誦し、筆写するという訓練を幼児期から行うことである。」という方法にも大いに賛成だ。模倣なくして創造はないのだから、できるだけ身体に詰め込むのがいいと思う。

さらに、国語教育においては、どうも文学が偏重されているように思えるので、教材においてももっと普段使うような実用的なものを増やす方がよいのではないか。読書感想文を書くよりも、誰にでもよくわかる「商品の取扱説明書」の書き方などを学ぶ方が遙かに有意義だと思う。

また、外来語は便利だけど、やはり日本語に直して用いる方が、より理解しやすいと思うので、なるべく使わない方がいいような気がする。リソースとか、ロジックとか、パワーとか、アイディアとか、センテンスとか。確かにそれらに該当する日本語と、微妙にニュアンスは異なるのだが。

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2006.02.01

労働と投資

堀江容疑者をめぐる事件を受けて、TVのコメンテーターや新聞の記者が、「額に汗して働くことが大切」ということを喋ったり書いたりしているのを見て、なんか違和感を感じていたら、小田嶋隆さんがそのことについてブログにザ・フール・オン・ザ・ヒルというエントリーに書いていた。

コメンテーターの人たちは、堀江容疑者に対して嫉妬していたのではないだろうか。だから逮捕を受けて「ざまあみろ」という気分になったのではないか。そして、「額に汗して働くことが大切」という道徳的な言葉を述べたのだろう。

「額に汗して働くことが大切」ということは、裏を返せば「額に汗しない労働は価値の低いことだ」ということになる。「日本人はものづくりに励むべき」という主張もそうだが、これらの考え方の根本には、「士農工商」という価値観があるような気がする。

でも、本来人がどのような職業に就こうと自由で、建前としては職業に貴賤はないはずだ。(もちろん多くの人は「職業に貴賤はある」と思っているだろうが。)

であるから、1日中PCの前に座って株式のデイトレードを行い、マウスを動かすだけで何億も稼ぐ投資家だって、立派な職業だろう。それを他人がとやかく言うべきではないと思う。

また、経済において貨幣は血液と言うべきものだから、それが退蔵されずに投資という形で社会を巡るのはとても重要なことだ。株式市場にどんどん資金が流れ込んでくれば、デフレの解消にも役立つだろう。

その一方、オカダ自身のスタンスはというと、内田樹先生が投資家と大衆社会というエントリーで、「株で儲けるというのはつまらないことだ」と書かれている。先生は以前にも「株式投資などに貴重な時間を費やすのはもったいない」と書かれていて、全く同感だ。

従ってTVや雑誌の「バスに乗り遅れるな」式の誘惑に負けず、株式投資には手を出していない。ただ単に面倒くさいという理由も大きいけど。人生は短い。株式投資に時間をさくくらいだったら、内田先生の著書を読んでる方が遙かにスリリングだ。そして旧来型の「間接金融」に貢献すべく、なけなしのお金は金融機関に預金しているのである。

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