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2006.03.31

さくら観察記

Hana0602_1 ネット上の友人、hoddyさんのところの企画に連動して、桜の写真をUPしてみる。きのうの夕方撮ったもの。松山の開花宣言は3月24日だったのだけど、ここのとこ寒い日が続いたせいか、まだ三分咲きといった感じ。東京では既に満開になってるようだ。満開になるのは来週半ばくらいかな。

春はお別れの季節。長い間仕事でお世話になっていた取引先の会社の人が転勤になるというので、今日挨拶に行ってきた。話をしてたら、なぜか目が潤んできてあぶなかった。大の男がみっともないので、そそくさと退散することに。最近涙腺が緩み気味なのは、目を酷使してるのと、花粉症のせいだろう、きっと。

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映像の力

内田先生は今年(も?)、映画を年間300本見る御予定らしい。『映画の構造分析』などの映画批評本も書いておられるだけあって、さすがは映画好きでいらっしゃる。先生のサイト内の「おとぼけ映画批評」の方は、残念ながら去年の9月から更新されていない。やはり御多忙なせいだろう。

「師の欲望は弟子の欲望」ということで、先生に倣い映画を多く見るというのを今年の抱負にした。映画館は遠いので、専ら我が家のホームシアターでレンタルDVDを見るとのがメインではあるのだが。で、目標は年間100本、1月8本強、週2本見る予定なのだけど、1年の4分の1が終わった今の時点で18本。始めからからペースが遅いなあ(笑)。ちなみに去年は30本だったので、それから考えればハイペースということに。最大のネックは、まとめて2時間時間をとるのが難しいということ。そこで、場合によっては1時間ずつ前後半に分けて見ることにした。邪道だけど仕方がない(笑)。

映画をいっぱい見ようと考えたもう1つの動機は、昨年買ったプロジェクター、LVP-HC3000が映し出す映像が、本当に素晴らしいこと。画面サイズこそ映画館には敵わないけど、画質に関して言えばほぼ同じではと思えるくらい鮮明な画像を見ることができる。『トニー滝谷』のDVDを見てそう実感した。

と書いてたら、東芝、HD DVDプレーヤーを発売したそうだ。激しく気になるけど、もう一方のBDプレーヤーが出るまでは様子見だなあ。

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2006.03.22

『「これだけは、村上さんに言っておこう」』

村上春樹『「これだけは、村上さんに言っておこう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける330の質問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?』朝日新聞社 を読了。「村上朝日堂ホームページ」に寄せられた読者との交換メールを新たに編集し、台湾、韓国の読者からの質問に答えた未発表回答も収録したもの。それにしても長いタイトルだ(笑)。

非常に面白く、興味深く読んだ。特に、「人生」に関するもの、読むことと書くことについてのものは非常に含蓄溢れるものだった。個人的には、音楽やオーディオに関するものも結構取り上げられていたのがよかった。目に留まった箇所に付箋を貼っていったら多過ぎて、本を逆さにすると箒代わりに使えそうなくらいだ。全部に言及していったら1年かかるかも。

「人生」に関するものの中で、最も考えさせらたは、質問199に対する回答だ。

生きることの本当の意味は、「何をなしとげられるか」というよりも、その「何か」に向かう自分の「身動き」のパターンの中にあるのではないかということです。

うーん、深い。さすが春樹さん、ハードボイルドだ。
そしてまた、

そしてそれと同時にささやかなものの中に、鮮烈な喜びを見いだそうと日々努めています。

とも。これが「小確幸」ということなのだろう。

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2006.03.10

村上春樹『ある編集者の生と死 ー安原顯氏のこと』

今日正午のNHKニュースに、村上春樹さんの名前が出てきて驚いた。今日発売の『文藝春秋』4月号に掲載されている文章に関することのようだ。

内容は、 村上春樹さんの自筆生原稿が、編集者の手で不正に持ち出され、本人の知らぬ間に流出し、インターネットや古書店で高値で売りに出された、というもの。ニュースでは、その編集者の氏名については触れられなかったが、『文藝春秋』の春樹さんが書いたものには、はっきり「安原顯」と書かれている。ニュースでは、『文藝春秋』に載っているのと同じ春樹さんの写真が映され、「生原稿は不正に持ち出された一種の盗品」「生原稿の所有権は基本的に作家にある」というコメントが紹介された。

『文藝春秋』の文章によれば、「安原顯氏は生前から既に生原稿を流し始めていたようだ」とある。事実だとすれば(その可能性はかなり高そうだが)、本当にひどい話だ。春樹さんも、このような文章を寄稿したくらいだから、当然ではあるが、よほど怒っているのだろう。

フィッツジェラルドの「氷の宮殿」を翻訳した原稿は、400字詰め原稿用紙73枚のもので、それが120万円で古書店で売りに出され、個人が買ったそうだ。当時原稿料が千円から高くても三千円だったというから、あまりの差だ。春樹さんも、「雑誌に文章を書いて原稿料をもらうより、生原稿をそのまま古書店に持ち込んだ方がずっと商売になるではないか」と書いている。

生原稿の扱いに関しては、出版社によってまちまちらしい。作家本人にとって貴重なものなのだから、全てきちんと返却すべきだと思うのだけど、様々な事情があるのだろうか。

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『あの日にドライブ』

荻原浩『あの日にドライブ』光文社 を読んだ。主人公の牧村伸郎は元エリート銀行員だったが、上司へのたった一言で出世の道を閉ざされ、自ら退社した。いまは腰掛のつもりでタクシーの運転手をやっている。ある日、たまたま客を降ろしたのが学生時代に住んでいたアパートの近くだった。そして、あの時違う選択をしていたら、と考える。そこで……。

現実に不満を抱くとき、人は誰もそのように考えるものだろう。オカダも、ふとした折りに、過去に戻れるとしたらどの頃に戻りたいか、と自問することがある。暗かった高校時代か、なんとなく流されてしまった学生時代か、あるいは遊ぶことばかり考えていた仕事を始めたばかりの頃か。

今日の明け方、学生時代につき合っていた彼女の夢をみた。この小説を読んだせいかもしれないが。同窓会に出席して、その帰り、友だちと二人で会場を出ようとしている彼女に声をかけて、歩きながら話をするという内容だった。卒業以来、一度も会ってないのだけど、変わっただろうなあ。会ってみたいなあ。主人公が空想したように、オカダもあのまま彼女と結婚していたら、人生も違うものになっていただろう。

この小説は、銀行業界のこと、規制緩和の影響をもろに浴びているタクシー業界のことを詳しく描いていて、その点において、「今」という時代を鋭く抉るのに成功していると思う。結末はやや尻すぼみのように感じた。でも、様々なことに思いを馳せることができたという点では読んでよかったと思う。

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2006.03.03

『なぜ選ぶたびに後悔するのか』

田中秀臣先生のところ経由で読んだspamさんの『カード払いか、現金か』というブログで紹介されてた、バリー・シュワルツ 『なぜ選ぶたびに後悔するのか―「選択の自由」の落とし穴』 ランダムハウス講談社 という本が面白そうだったので、早速取り寄せて読んだ。

著者は、いつも最高のものを買おうとする人々を「マキシマイザー」と定義する。「マキシマイザー」は、かぎりない選択肢のなかから、「最高」のものを選ぼうして、選択に多大な労力を費やし、いざ手に入れても、「あっちにしておけばよかった」と 後悔と不満が増えるばかり。それに対し、「ほどほど」でよしとする「サティスファイサー」になれれば、毎日を心おだやかに幸せに生きることができる、という。

オカダは、この本の内容を実感するような経験をしたばかり。というのは、つい最近LDプレーヤーを買ったのだ。今まで使っていたのが壊れたので、間もなく新しいハイビジョンディスクプレーヤーが発売されようという時期に、今さらという感じはするけど、ないと困るので、仕方なく買うことにして、ネットで探した。

オカダ自身も多分に「マキシマイザー」的性格なので、できるだけいいものを買いたいけど、かといってそんなに予算をかけるのももったいないしで、あれこれ迷った。

で、結局ネットで中古の機種を購入した。届いてからも、本当にこれで良かったのか、もっと安く買えることもできたのでは、と後悔することもしばしば(笑)。

この本の教訓を生かして、「ほどほど」でよしとして、買ったものについては後悔しないことにしよう。

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