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2006.05.19

『絵はがきにされた少年』

藤原章生『絵はがきにされた少年』集英社 を読んだ。毎日新聞の特派員である著者が95-2000年アフリカ滞在中に経験したことをまとめたもの。第三回開高健ノンフィクション賞受賞作品。

アフリカの様々な国の様々な人々にインタビューし、交流して、今なお貧困に苦しむ人たち、病気・エイズ、人種による差別、民族間の争い・大量虐殺等について書かれている。、

絶望的な状況の中でも、希望を失わずに力強く生きている人もいる。著者は言う。「どんなことにも面白み、深みを見つけようとする人と、何事にも不平を言い募る人。人間はこの二つに分けられる」、と。オカダはどちらかと言うと後者のタイプだから、耳が痛い。

また著者は、「助けるとは無償のようでいて、実は助けられる側になんらかの見返りを求めている。援助には見えない依存関係が隠れている」と語り、人を助けるということについて思いを巡らせている。そして、「救うべき相手をまず知ることから始めなければならない」と結んでいる。

確かに世界中には救いを待っている大勢の人たちがいる。オカダのところにも様々な援助依頼の手紙や、飛び込みの寄付金集めのボランティアの人々がくる。しかし、心苦しいけどその総てに応えることはできないし。

普遍的な人間というものの姿、また生きていくということについて、いろいろと考えさせられた。

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Comments

これは読みたいなあと思っています。
山本敏晴さんの著作も、考えさせられること多いですし。
長倉洋海さんとか、実際にカメラ持ってそういう場所へ行って活動されてるかたの話すことって、はげしく耳が痛みます。
なんとかしてあげたいとは思っていても、実際にはせいぜいお金を出すことしか出来ない。
そのお金がどんな遣われかたをされてるのかさえ知らない。知ろうとしない。
いかにも「施し」をしてやっているという傲慢な考えがそこにあるんだろうな、と恥ずかしくなります。

生きていく手助けをしすぎると彼らは自分で努力をしなくなる、とか、それはわたしたちだってそうかもなあと思ったり。
自分が平和で安全な場所で暮らしていることを、妙に後ろめたく感じたりします。

Posted by: ヤヤー | 2006.05.19 at 09:39 PM

ヤヤーさん、こんばんは。

>自分が平和で安全な場所で暮らしていることを、妙に後ろめたく感じたりします。

この本を読んで、僕もそう感じました。生まれる環境は選べませんからね。こういう現実があることを知り、それについて想像を巡らせ、自分に何かできることがないか考えてみることも無意味ではないと思います。

Posted by: オカダ | 2006.05.22 at 07:55 PM

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