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2006.06.29

ペチュニア

Petyunia01

マイガーデンのペチュニアを、デジカメで撮ってみた。白、ピンク、赤と並んでいる。こうして写真で見ると、数が少なくてさびしい(笑)。

それにしても、ペチュニアの花びらは雨に大変弱いので、雨のかかりにくい場所に植えるものらしい。かわいそうなことをしたなあ。

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2006.06.27

増殖するコンビニ

昨日、仕事で市の中心部に出かけた。ひどい雨だったので、車で行った。途中、いろんなところに新しくコンビニができていたのが目についた。どこもそこそこ広い店舗と広い駐車場を備えている。「ファミリーマート」がほとんどだった。シェア拡大のために出店攻勢をかけているのだろうか。土地の有効活用としてコンビニはそんなにいいのか、ちょっと疑問だけど。本当にコンビニは生活になくてはならないものなんだろうなあ。

ちなみに、オカダの住んでいるところはど田舎なので、近くにコンビニがない。あれば便利だろうけどなあ。(笑)

仕事の合間に電器店に寄って、デジカメを購入。別のメーカーのものと迷った末、FUJIFILMのFinePix F30という機種にした。結局、今まで買った3台ともFUJIFILMということに。別のメーカーのものは、人気ナンバー1だったのがマイナス要因だった(笑)。これでいろいろと写真を撮ってアップしたい。

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2006.06.23

これが現実、その3

今朝の試合、起きられそうにないので(笑)録画したのを今夜見ようと思っていたのだけど、4時半に目が覚めて、試合を見た。玉田のゴールが入った後で、1-0。おお、と微かな期待を抱いてたら、前半終了ロスタイムに失点。あれでもう緊張感が途切れてしまったのかもしれない。あとはずるずると……。試合終了後、グランドに倒れ込んだ中田英選手の姿が印象的だった。終わってからもうひと眠り。

ドーハの悲劇やフランス大会の屈辱など、様々な歴史の上に今の日本サッカーがあるわけで、これをバネにして次の大会でがんばってもらいたい。

後はのんびりと、世界最高水準のプレイを楽しむことにしよう。

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2006.06.21

これが現実、その2

18日のWカップ、対クロアチア戦。点を取られなかったのが不思議なくらいだった。PKを止めた川口選手は凄かった。唯一、見てガッツポーズをしてしまったシーンだった。クロアチアの方は、最終のオーストラリア戦で勝てばいいという方針だったんだろうなあ。

やはりゴールを決めるというのは難しいことなんだろうなあ。夕べ少し見たドイツーエクアドル戦では、エースのクローゼがきっちり2点入れて、前方宙返りを見せていた。残念ながらカーン選手は出てなかった。かなり上まで行きそうだなあ。

いずれにしろ、ブラジル戦に微かな望みが残ったのはよかった。金曜は頑張って早起きしよう。ここ数年で、最も早起きしたのは5時半だけど、果たして?(笑)。

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2006.06.16

静かな余生

今日用事があって、とある特別養護老人ホームへ出かけた。昨年増築したとかで、床はフローリング、食堂兼談話室も広々としてて、天井も吹き抜けで三角形になっていて、まるでペンションみたいな感じだった。

ソファーに座ってコーヒーをいただきながら、中庭の芝生の上で雀が何かをつついてるのをしばし眺めた。外から吹いてくる風が心地よかった。こういうところで静かに余生を送るのも悪くないだろうなあ。どんな老後を送ることになるのか、全然ぴんと来ないけど。

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2006.06.14

これが現実

12日のサッカーは、残念な結果に終わってしまった。初めてのハイビジョン放送、110インチ大画面プラス5.1サラウンドでの観戦が、こんな試合だったとは、本当にトホホな気分。勝敗を分けたものの最大の原因は、監督の力量の差だと思う。あと2試合、是非とも頑張ってほしい。

やはりハイビジョンでの実況放送は綺麗で、見応えがあった。鮮明さでは、先日店頭で見た40インチのフルHDハイビジョンテレビにはかなわないけど、大画面ならではの迫力はかなりのものだった。2年後くらいにフルHDのプロジェクターが安くなってたら、買い替えようかな(笑)。

音の方は、深夜だったので音量を絞り気味だったけど、サポーターの歓声などそれなりに臨場感が増す感じだった。声援の方も、オーストラリアに圧倒されてたなあ。特にブーイングでそれがはっきりわかった。

今朝は、まだ癒えぬ敗戦気分を直すため、ちょっと早起きしてマイガーデンを眺めに行ったら、もう雑草が生えていたので草むしり。

先週末、空いてるところにペチュアの白い花を4本植えた。1本だけ完全なつぼみだけのも買ったのだけど、赤い花が咲いていた。店には、白と赤とが置いてあって、混ざってしまったのかも。でも、紅一点の花も悪くない感じ。

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2006.06.12

地震と「決戦は月曜日」

明け方の浅い眠りにまどろんでいた今朝5時頃、地震で目が覚めた。小さな、ゆっくりとした揺れがしばらく続いた後、大きな揺れが続いた。次にもっと大きな揺れがきたらお終いかな、などと考えつつ、傍の本棚を手で抑える。しばらくして収まったのでほっとひと安心。また寝直す。

震度4だったそうだけど、5年前の芸予地震のときは震度5弱で、壁のクロスにひびが入ったり、タイルが剥がれ落ちたり、食器棚の中のワイングラスが割れたりと多少の被害があっただけに、今回は幸い家も職場も被害がなくてよかった。

よそではケガをした人がいたり、電車が動かなかったりと、いろいろ被害が出たようで、お見舞申し上げます。やっぱり地震は恐い。当たり前だけど、突然起こるからなあ。こちらでは、近い将来に南海大地震が起こると言われているのに、全く準備をしていない。やはり備えておかないといけないなあ。

いよいよ今夜はワールドカップ、対オーストラリア戦。2-1で勝つと予想(希望)。きのうデパートへ行ったら公式ユニフォームのレプリカのTシャツが売っていたけど、高かったのでやめた(笑)。今夜は、初めてハイビジョン放送を110インチ画面で観ながら応援する予定。結果は如何に?

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2006.06.09

『態度が悪くてすみません―内なる「他者」との出会い』

内田樹先生の『態度が悪くてすみません―内なる「他者」との出会い』角川書店 を読んだ。さまざまな媒体から「注文を受けて書いた原稿」を集めた本で、裏表紙の帯に、「知的興奮のあり方を探る」と書かれてあるとおり、知的興奮でワクワクしながら読んだ。

今日取り上げるのは、最初の「時の守護者」という文章。その中で内田先生は次のように書いている。

 自然が教えてくれるものとは何か。
 (中略)自然から子どもが学ぶ最大のものは私見によれば「時間」である。
 自然の中では雲も、風も、木も、花も、虫も……みな時間の中で動いている。あるものは速く、あるものはゆっくりと。(中略)
 都会にいるときに不快を減じるために時間をできるだけ切り縮めようとするのとはちょうど逆に、自然の中にいるとき、私たちは空間的事象を時間の流れの中で賞味することからできる限りの愉悦を引き出そうとする。(中略

 雲を観る人間は、空間的現象としての雲の動きを一種の「音楽」として、つまり時間的な表象形式の中に読んでいるのである。(中略

 自然の中の生活は、万象を「音楽」として聴くこと、「空間を時間的に表象する」ことへと私たちを絶えず誘うのである。

この文章が収められている第一章のタイトルは、「コミュニケーションの作法」。オカダは、自然に溢れる田舎で暮らしていながら、いかに自然から学ぼうとしていなかったか、自然とコミュニケーションしようとしていなかったか、ということに気づいて愕然とした。

それを改め、自然の動きを「音楽」として聴いて楽しもうと思ったのも、俄ガーデニング熱にかかった理由のひとつ。決して「ロハス」を目指そうとしたわけではありません(笑)。

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2006.06.06

マイガーデン

Garden060601_1

まだまだ俄ガーデニング熱は続いている(笑)。この週末は、レンガを買ってきてローズラベンダーの周りに並べてみた。とりあえず置いただけだけど、なんとなく「お庭」らしくなってきた。

先週植えたローズラベンダーは、もう既に花が咲き終わった。来年も咲いてくれるといいのだけど。この後花を摘んだり、他の木を剪定したり。作業をやり始めると、つい我を忘れて止まらなくなってしまう。楽しみながらのんびりやる筈だったのに。

この左側にも少しスペースがあるのだけれど、土が浅いので、何か小さい花を植えたいと考えているところ。

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2006.06.05

TVドラマ『瑠璃の島』第1話

昨年放送されたTVドラマ『瑠璃の島』を、ブタネコさんが絶賛されているのを読んで、DVDをレンタルして第1話を見た。放送時には、終盤の2、3回を見ただけだったので、今ひとつこのドラマの良さがわからずにいた。

日本テレビの公式サイトはこちら
http://www.ntv.co.jp/ruri/

人口49人、子供の数1人。沖縄・八重山諸島の端っこにある鳩間島(はとまじま)が舞台になっている(ドラマでは鳩海島)。その島は、珊瑚礁に囲まれ、ハイビスカスが咲き乱れる美しい島だ。ドラマは、たった1人の小学生が転校することになり、小学校が廃校になってしまうというピンチに追い込まれるところから始まる。そして、このドラマも実話を基にしているそうだ。

島の住人、仲間勇造(緒形 拳)は、東京で藤沢瑠璃(成海 璃子)という少女に出会う。その瑠璃は、母親から育児放棄されて擁護施設で暮らしている。勇造は、瑠璃を里子にして島へ連れて行きたいと考え、母親藤沢尚(西田 尚美)を訪ねるが、直は、「行きたければ行けばいい」「子供に縛られたくない」と平然と言う。直は、売れない女優で、いつかメジャーになりたいと夢見ているような母親だ。

直の家を出て川べりで勇造と瑠璃が話す場面。直の言葉に、腹を立てている勇造に対し、物分りのいい態度をとる瑠璃を見て、瑠璃の気持ちを察して勇造が泣くシーンでは、こちらも思わずもらい泣きしてしまった。母親から育児放棄されるという現実に対して、必死でなんとか適応してきた瑠璃の姿。そして、瑠璃の心情を察して赤の他人のために涙まで流す勇造の姿。それらを見て感動せずにはいられなかった。まさしく二人の心と心が触れあった瞬間だったと思う。

この場面を見ただけでも、やっぱり素晴らしいドラマだったんだなあということがわかった。続きが楽しみで、これを書いている時点では第4話まで見た。

このドラマでも、母親の直は瑠璃に対し、「幸せになりたい」と語っている。映画『誰も知らない』でもそういう場面が出てきた。そして、秋田県藤里町の小1の男の子の死体を遺棄したと疑われている容疑者も、自分の娘に対しカップラーメンやインスタント食品しか与えず、家に男が来た際には外へ追い出していたそうだ。

彼女らは、自分の幸せが何より大事で、子どものことを邪魔に思っていたのだろう。我が子のために涙を流すことさえなかったのではないか。何ともやりきれない思いで一杯になる。だからこそ、赤の他人のために涙を流す勇造の姿がとても尊いものに思える。

じゃあなぜ彼女らがそうなったかと言うと、その親からも自分のために涙を流してもらえなかった、つまり大切にされてなかったからなのかもしれない。瑠璃の母親に関しては、第3話で「私は子供の頃、親に散々に殴られて育った」と語っていることから、そのことがわかる。親としての一番の見本は、やっぱり自分の親だろうから。

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2006.06.01

『誰も知らない』

WOWOWで放映された映画『誰も知らない』を見た。2004年に第57回カンヌ国際映画祭で、主演の柳楽優弥君が最年少で最優秀男優賞を受賞した作品。

この映画は巣鴨子供置き去り事件という実話に基づいているそうで、(ヤヤーさん、HPの御紹介ありがとうございました) 本編の冒頭にも「実話を参考にして脚色している」という内容のテロップが出て、それだけに、母親が家を出ていってしまい4人の子どもたちだけで健気に生きていく姿を見て、現実の子どもたちのことを思うと、やるせなくてたまらなかった。

最も印象に残ったのは、主人公の明と母親がドーナツ屋で会話をするシーン。「いつになったら学校へ行かせてくれるの」と迫る明に、「学校なんか行かなくていいよ」と答える母親。「お母さんはいつだって勝手だ」と怒る明に、「お母さんが幸せになっちゃいけないの」と切り返す母親。

女の幸せを求めて男と同棲しようとする母親の気持ちもわからないではないけど、だからと言って子どもを放っておいていいということは当然だけどならない。

内田樹先生が「平尾さんのスクラム論を読む」というエントリーで、

誰もいないときがいちばん「自分らしく」、出会う人がふえるごとに「自分らしくなくなる」というのなら、それはたぶん「自分」というものの設定の仕方が間違っているのである。
他者と出会ったときに、その接点に生成する複素的な構造体を「私」と考えることはできないのか。
私はできると思う。

と書いている。

この母親は、子どもたちがいるから自分は幸せになれない、と考えて子どもたちを放り出したのだろう。そうではなくて、自分も子どもたちも、みんなが幸せになれる方法を辛抱強く考えてほしかったと思う。

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