『拝啓、父上様』第九話
TVドラマ『拝啓、父上様』、毎週楽しみに見ている。昨日は第九話が放映された。
ドラマでは、主人公一平の働く老舗の料亭「坂下」は、経営不振に耐えかね、料亭の敷地をマンション用地として売却してしまうという展開になっている。現実の神楽坂でも、老舗の料亭が次々になくなり、新しいビルがそこかしこに建っているという。それでも、毘沙門天を中心として古き良き伝統がしっかりと残っているそうだ。倉本聰は、そういう状況を描きたかったのだろう。
また、一平は板前見習。板長の竜次さんは「坂下」閉店と共に包丁を置く覚悟をしている。ここには、古き良き職人のプライドというものが、はっきりと描かれている。職人の技が機械に、あるいはマニュアルにすっかりとって替わられようとしている今の時代に、竜次さんや一平の職人気質が、いぶし銀のように光って見える。
以前のエントリーで、「何故今の時代にこのようなドラマが放映されるのかと、ちょっと戸惑った」と書いたけど、倉本さんは今だからこそ、こういうドラマを作りたかったのだろう。
先日の上京の折り、ものすごく駆け足だったけど、ドラマの舞台、神楽坂にも立ち寄った。そしてあの街の「昔の匂い。なつかしいぬくもり。人々の顔。やわらかい風。」(シナリオ集『拝啓、父上様』理論社 のあとがきより)の片鱗を味わうことができた。
ドラマの舞台、神楽坂。
ドラマに度々登場する、神楽坂の中心にある毘沙門天。
情緒漂う路地裏の石畳。
リンゴの美少女がフランス語を勉強するために通う、東京日仏学院。
このドラマも残り2回。非常に名残惜しい。
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Comments
ドラマでも映画でも、実際に知っている、見たことのある場所だと、俄然見る姿勢が違いますよね。
あれって何なんでしょう。
嬉しいような、でもあんまり知られたくないような。
その石畳の佇まい、いい雰囲気ですね〜。
絵になるなぁ。
Posted by: ヤヤー | 2007.03.11 03:24 PM
ヤヤーさん、こんばんは。
>ドラマでも映画でも、実際に知っている、見たことのある場所だと、俄然見る姿勢が違いますよね。
そうですね。自分の知っている場所がTVに出たということは、その場所が評価されたということであり、その場所を知っている自分の評価もあがる、というような心理でしょうか。
>嬉しいような、でもあんまり知られたくないような。
その気持ち、よくわかります(笑)。
神楽坂は、漱石、紅葉、泉鏡花といった文人たちが愛した町で、路地裏や坂道は散歩するのにぴったりということです。確かにいい雰囲気でした。またいつかゆっくり散策してみたいです。
Posted by: オカダ | 2007.03.12 06:36 PM