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2007.04.26

『思考のフロンティア 社会』

大分前に新聞の書評欄で見て注文し、そのまま長らく積ん読中だった市野川容孝 『思考のフロンティア 社会』 岩波書店 という本。ヤヤーさんも読むというので釣られて読み始め、どうにか読み終わった。

この本で扱われているのは、「社会的 social」という形容詞と、「社会的なもの the social」という概念。その「社会的」という言葉の意味として、現在の日本では忘れられている内容があるという。について、

ドイツやフランスで「社会的な国家」にほぼ相当する日本語は「福祉国家」になるとのこと。 それこそが、日本で日本では忘れられている内容だという。日本では、「福祉国家」という表現だけがなされ、これを「社会的な国家」と表現することが皆無に等しい。それはなぜか、というのがこの本の大きなテーマであり、本の前半では現在、後半ではその系譜について書かれている。

正直言って、オカダにとってはかなり読むのが苦しい内容の本だった。一読して、どれくらい理解できたかというと、非常に心もとない。この本を読んでレポートを書け、という課題に合格する自信はないなあ(笑)。それでも、多少得るところはあったと思う。機会があったらもう一度じっくり読んでみたい。

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Comments

オカダさん、告白します。挫折しました。
日にちが足りませんでした〜。って、理解力にも乏しかった。
煽っておいてトラバまでしていただいたのに、すみません。

ただ、これだけは。

「『社会的』という言葉は、常に二重の意味をもっており、それは平等へと向かう実践であると同時に、その出発点ともなる不平等、しかも自然がではなく、人間自身が生み出す不平等の確認を私たちに迫る。『社会的殺人』というエンゲルスの言葉に象徴されるように、それは悲痛な言葉でもある。あるいは、松澤兼人が自分に言い聞かせたように、社会的という言葉は、人間が、たとえば『階級』という形で互いに引き裂かれているという事実へと、あるいはそうであるとの認識へと、私たちを覚醒させてしまうがゆえに、封じ込められなければならない」

これが読みたいがために借りたとも言えます。
中国はいま日本よりもはっきりした格差(容認)社会となっており、いずれ日本もそうなってしまうような雰囲気がありませんか。
弱いものは死ね、というような。
一章の「福祉国家」には開眼した思いでした。
その認識が間違っていて、それが今の今まで続いているこの国って・・・。

もう一度挑戦?非情に厳しい(;^_^A

Posted by: ヤヤー | 2007.04.26 at 08:52 PM

さすがはヤヤーさん、正直ですね。
僕の方も、何とかざっと通して読んだというだけの話で、ヤヤーさんのエントリーを読まなかったら、恐らくずっと積ん読状態だったでしょう。

>これが読みたいがために借りたとも言えます。
そこを読んだだけでも、十分意味があったのでは。

>中国はいま日本よりもはっきりした格差(容認)社会となっており、いずれ日本もそうなってしまうような雰囲気がありませんか。

同感です。この本でも再三取り上げられている「ネオ-リベラリズム」に、日本もすっかり席捲されてしまったようです。今こそ、「社会的なもの」について考え直すときじゃないかと思います。

Posted by: オカダ | 2007.04.27 at 06:38 PM

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Posted by: custom tshirt design | 2015.09.21 at 08:55 AM

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