『水死』
バンクーバー冬季オリンピックの女子フィギュアで浅田真央選手は銀メダル。金メダルではなかったけど、とても立派な成績だと思う。弱冠19歳にしてあれだけのプレッシャーをはねのけるというのはもの凄い精神力だなあ。オカダにはとても無理だ。
そんなおり、大江健三郎『水死』講談社をやっと読み終わった。大江は愛媛県出身ということもあって、昔から読み続けている。しかし、もはや同時代の作家というより過去の、近代の作家とでも呼んだ方がいいようなポジションにいるのだろう。
言ってみれば、法事か何かの機会に久しぶりに会った親戚の叔父さんが、近況をだらだらと話しているのを傍で黙って聞いている、そんな感じの読書体験だった。また長話が始まった、とちょっとうんざりしながらも、当の叔父さんや奥さん、その子どもたちの近況を、ある種懐かしい思いを抱きながら聞いている、そんな感じで読み進めた。
物語の舞台は、例によって東京の自宅及び生まれ故郷の四国の山奥の村。今回の話は、主人公である老作家の古義人が、少年のときに水死した父親についての「水死小説」を書こうとする様子が展開するのだけど、途中までだらだら進んでいたストーリーが、終盤になって急展開し、思いがけない結末を迎えることになった。予想外のスリリングな内容で、読後強く残るものがあった。端的に言ってしまえば「性と暴力」ということになる。
小説中に、最近は文庫本も売れなくてあまり印税が入ってこないと主人公がぼやく場面があったが、現実もそうなのかもしれない。
また、最近は、この作品のような、自分がモデルになっている小説ばかり書いているという批判に対して、主人公にそういう小説しか書けない、と語らせているが、それも大江自身のことと重なっているのかもしれない。
以前の小説に比べると読み易い文章になっていることは確かだけど、以前からの大江の読者以外にはお薦めできないというのが正直なところ。それでも自分にとっては面白かったし、これからも新作が出る度に読むことだろう。


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