『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
お待ちかねの村上春樹の新作、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』。予約していたのに、入手できたのは14日。これだから田舎は……。それから3日かけて読んだ。
読み始めて感じたのは、これは短編のテイストだなということ。短編集『螢・納屋を焼く・その他の短編』に収められている短編小説群にも似た味わいを感じた。376ページというボリュームからすると、とても短編とは言えないのだけど、村上春樹の作品の中では長編というより短編よりやや長い中編小説という位置付けになるだろう。
本作は、実験的な作品『アフターダーク』とは異なり、オーソドックスと言っていい作品となっている。主人公の多崎(たざき)つくるは、デビュー作『風の歌を聴け』から幾度となく登場してくる「僕」そのものだということ。友人がほとんどいない、仕事をコツコツとこなし、プールに通って水泳をし、自分で料理を作る。それほど自分の能力、容姿にに自信はないけど、女性にモテる。それだけに主人公に感情移入しやすく、物語にも入り込み易かった。
物語は、「大学二年生の七月から、翌年の一月にかけて、多崎つくるはほとんど死ぬことだけを考えて生きていた。」という文章で始まる。それは、高校時代からの親しい友人5人組から唐突に理由なく排除されるという出来事からくるもので、一種のミステリー仕立てになっており、ぐいぐいと読まされた。
この作品の一番大事なテーマは「回復」だと感じた、一度失われてしまったものは、二度と取り戻すことができない。しかし、代わりに別のものを手に入れることで、その穴を埋めることは十分可能だと。余韻を残すエンディングであり、生きてゆくことへの希望を呼び起こしてくれる作品だった。
村上春樹の作品史の中においては、特に言及されることのない作品かもしれないけど、十分読み応えがあった。
表紙の絵は、今は亡きアメリカの画家モーリス・ルイスの「Pillar of Fire」(火柱)という作品。
作中に登場するラザール・ベルマンが演奏するリストの『巡礼の年』のCDが、5月に緊急発売されるという。もう一度、『巡礼の年』のCDを聴きながら、今度はじっくり読んでみたい。


Recent Comments