2007.04.06

郵政民営化、その2

先月、近くの郵便局が合理化されて時間外窓口が廃止になり、通常の営業時間以外では郵便物を受け付けてくれなくなった。そして、不在で受け取れなかった郵便物は、毎日再配達することになるという。

オカダは仕事で結構郵便局を利用するのだけど、今までは平日5時以降や土日でも郵便物を発送したり受け取ったりできたので、とても便利だった。だけど、それももうできなくなってしまった。

合理化の結果、局員が2人よそへ転勤になった。その後は、地元の「ゆうメイト」と呼ばれるアルバイトで補うそうだ。2家族5人がこの町からいなくなってしまったわけで、過疎の町にはかなり痛い。

週刊文春の4月5日号の記事によれば、郵便局の正規職員26万人に対して「ゆうメイト」は12万人もいて、年収は200~300万年弱だとか。正社員の平均年収は650万円で、生涯賃金を比べると正社員とゆうメイトの経済格差は5倍以上にもなるという。

オカダの知り合いにも配達のゆうメイトをしている人がいるけど、実際のところ重労働の割に待遇はよくないそうだ。

賃金の安いアルバイトを多く雇い、彼らに重労働をさせ、儲からないサービスは切り捨てる。利益を得ることが目的の民間会社なら当然の行動、ということになるのだろうなあ。

いよいよこの10月には郵政民営化が実行される。それに向けて着々と準備が進んでいるようだ。危惧したとおり、過疎地の利用者にとってはデメリットの方が多そうだなあ。でもこれは国民が選択したことなのだから、今さら愚痴を言っても仕方ないことだけど。

過去の記事「郵政民営化について」はこちら

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2005.08.19

郵政民営化について

内田先生が触れておられるので、オカダもこのことにについて少しだけ書いておく。

「バルコニーから大通りを見ている方がいい」とは、さすが内田先生らしいスタンスだと思う。大通りを眺めていれば、そのうち「情報開示すること」に対する規制が解けて、この問題にとって本質的な情報が出てくるかもしれないということを予想されておられるのだろう。

オカダの考えはというと、東谷暁『民営化という虚妄』祥伝社 という本を読んだり、あちこちのブログを見たりした限りでは、なぜ郵政公社を民営化しなくてはならないかよくわからない。むしろ、国民の貴重な資産である郵便局のネットワークをこのまま維持すべきだと思う。なので、sivadさん経由で読んだsvnseedsさんの御意見に賛成。

そもそも郵政事業の何が問題なのか、その問題を解決にするためにはどうしたらいいのか、そして民営化するのが正しい解決法なのか、小泉首相の陣営が明確に説明しているとは思えない。まず「民営化」の方針ありきで、その理由は後からとって付けたもののように思える。その端的な例が、民営化したら景気がよくなるという根拠の薄い話だ。

それにしても「構造改革」というのは非常に便利な「マジックワード」だ。今の危機的状況から脱するには構造を改革するしかないと訴え、いざ改革して思うような成果が得られなかったら、それは改革が不十分だからであり、もっと過激に改革すべきだと言えばそれで済むのだから。さらには、改革が不十分なのは「抵抗勢力」が邪魔をしたからであり、その「抵抗勢力」を粛清しろと叫べば、政敵も大義名分を持って排除することができる。内田先生が常々批判されている、かつてのマルキストやフェミニストと同じような論法である。

しかし国民にとって、この「構造改革」にまつわる「物語」というのは非常にわかりやすい話であることは確かだ。日本社会がよくない(景気が大してよくならず、政府が膨大な債務を抱えていたり)のは、誰か悪者(「抵抗勢力」と呼ばれる国会議員たちや、特定郵便局長など)が暴利をむさぼっているからであり、「構造改革」して彼らを排除すれば、日本は良くなるという話は、実によくできたお話しだと思う。

そのような「物語」を国民に浸透させることができたという点において、小泉首相は「政局の天才」となのだろう。内田先生が危惧しておられるように、今度の総選挙は小泉首相の「ひとり勝ち」となるかもしれない。

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2005.08.10

日本の政治家の質

オカダは政治と宗教と戦争の話はしない主義なのだが、内田先生が触れておられるので、政治家、その中でも変人と呼ばれる政治家について少しだけ書いておく。

そういえば、小泉純一郎という政治家は、まさしく世襲政治家であり、三代目だ。そしてあの容貌、パフォーマンスからして、長男同様俳優としてもやっていけるのではないか。現実に俳優になることはないだろうが、今年の10月以降、TVのワイドショー番組などに引っ張りダコになるだろう。

思い起こせば、小泉首相は2003年1月23日の衆院予算委員会において、「新規国債発行30兆円枠」という公約が守られなかったのに、「この程度の約束を守れなかったのは大したことではない」と述べていた。

他にも、昨年の年金問題で「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろ」と答えていたことも思い出される。

内田先生は著書『子どもは判ってくれない』の「たいへんに長いまえがき」の中で、

「敵とともに生き、反対者とともに統治する」ことをオルテガは市民の基本的な構えであると書いているのである。
私はこのような考え方が今の私たちの社会にもっとも欠けているものではないかと思う。

と書かれている。

「郵政民営化」というただ1点において自分の主張と異なる意見を持つ者は、自民党として公認しない、という小泉首相の姿勢は、首相が、まさに公人であるところの「市民」ではないことを如実に物語っているように思う。

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