2010.02.05

『男おひとりさま道』

1月31日に放送された『NHKスペシャル「無縁社会」』を見た。NHKの調査によると、誰にも知られず、引き取り手もないまま亡くなる「無縁死」した人はで一昨年3万2千人いたという。

番組では、都会で「孤独死」した人を取材していたが、中には田舎に兄弟がいるにもかかわらず、生前全く交流がなく、経済等の理由でお骨を引き取ってもらえないケースもあった。

日本社会は、戦後「地縁」、「血縁」といった「縁」をどんどん断ち切る方向に進んできた。残された細い絆も、リストラや離婚といったことによって容易に切れてしまう、そういう孤立しやすい社会であることはことは間違いないだろう。それは、結局「みんな」が望んだからそうなったのだろう。

ちょうどその日、図書館で上野千鶴子 『男おひとりさま道』 法研 を借りてきたところで、早速読んだ。この本は、2007年にベストセラーになった『おひとりさまの老後』の男性向けのもの。でも、前著を補足する部分もあって、女性にも役立つように書いたそうだ。

人との繋がりがどんどん薄れていく中で、男はひたすら「社縁」にすがってきたわけだけど、定年退職によってその社縁も断ち切れてしまったら本当に孤独になってしまう。定年後に生き生き暮らすには、「社縁」以外の人間関係が重要だそうだ。

著者によると、「カネ持ちより人持ち」ということで、老後のおひとりさまを支えてくれるのは、「ユル友(ユルく、淡くつながっている)ネットワーク」だという。それは、常々内田樹先生が提唱されている新たなコミュニティ構想にも共通するものだろう。それによって、死後何日も発見されなかったということも防げるだろう。

オカダも「ユル友ネットワーク」を築くように努力しつつ、やっぱりひとりで生きていける「おひとり力」も身につけないとなあ。

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2008.07.11

価格高騰

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実用を兼ねたガーデニングシリーズ第2弾は、1本だけ買った枝豆の木。いつの間にかだんだん実が大きくなってきた。自分で育てた枝豆をつまみにビールを飲んだら最高だろうなあ。

ビールといえば、この春値上げされたのをきっかけに、第三のビールを飲むことにした。ビールを飲むことはは数少ない楽しみの一つだったから、まさかこんな日がくるとは思わなかったけど、仕事の方の先行きも明るくないし、背に腹は替えられないといった感じだ。ちなみに、オカダが飲んでいるのはキリンの「のどごし<生>」。慣れたら結構いける。

ガソリンもどんどん値上がりする一方で天井が見えてこないし、自衛策として極力自動車には乗らないようにしているのだけど、さすがに冬はきついしなあ。

以前不況のときに、どうしたら景気がよくなるのか知りたくてマクロ経済学の本をいろいろ読んで勉強したことがあった。で辿りついた結論は、野口旭さんや田中秀臣さんが主張する、「日銀はインフレターゲット政策をとるべき」というものだったけど、一向にそれは実現しそうにないし、日本の景気はまたズルズルと悪くなっていくのかもしれないなあ。

その一方で、iPhoneの販売に1000人も徹夜組を含めて並んだそうだ。東京を中心に、景気がいい所はやっぱりいいんだなあ。

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2007.03.23

『リスクのモノサシ―安全・安心生活はありうるか』

インフルエンザの薬、タミフルの服用後の異常行動が大きな問題になっている今、中谷内一也『リスクのモノサシ―安全・安心生活はありうるか』日本放送出版協会 を読んでみた。

鳥インフルエンザやアメリカ牛のBSE問題、あるいはタバコによる発ガン、石綿による中皮腫など、様々なリスク情報に溢れている現代。パニックを煽るようなマスメディアの報道のしかたや専門家のコメントにも問題が多い。リスクの判断基準がないと、小さなリスクを避けるために大きなコストをかけたり、反対に大きなリスクなのにあまり顧みられないといったことが起こる。

それを防ぐために著者は、リスクがどの程度危険なのか、私たち一人一人が判断できるようなモノサシを整えることが有効で、そのためには政府や産業界、マスメディアが一体となって個人のリスク判断をサポートする仕組みを作ることが必要、としている。

この本でも、今タミフルの問題が取り上げられている。リスクがあるか、ないかという結論だけでなく、どの程度のリスクがあるのかという、定量的な視点から判断することが個人にとっても社会にとっても必要だという。この「定量的」というのは、リスクの確率のこと。

「メディアは、リスク情報を高めに伝え、不安や危機感をあおる傾向にあるといえる」と書いてあるけど、実際そのとおりだろう。それに対し著者は、「リスク情報の受け手がメディア報道を慎重に受けとめ、そこで強調されていることを絶対視しないように訴えるほうが、メディアに過剰な要求をするよりも現実的に有効だ」と、かなりクールな見方をしている。

タミフルの問題への厚生労働省の対応を見ていると、リスクを管理する責任者であるべき組織にしては、対応が後手後手に回っている印象を受ける。

やはり個人で、リスクがどの程度危険なのか、一人一人が判断していくしかないのかもしれない。それにはそれなりのコストがかかるし、資源も有限ではあるのだけど。

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今日の桜。愛媛県南部の宇和島市では、昨日開花したそうだ。こちらももうすぐだろうなあ。

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2006.12.01

『温室デイズ』

オンライン書店ビーケーワン:温室デイズ

瀬尾まいこ『温室デイズ』角川書店 を読んだ。最近特に問題になっている「いじめ」がテーマの小説だった。

小、中学校という「温室」、でもそこでいじめを受ける主人公のみちるや、友だちの優子にとっては地獄だった。いじめにめげずがんばって登校するみちる。そんなみちるを傍観することしかできず、それに耐えかねてついにはクラスに行けなくなってしまう優子。

作者は現役の中学校の講師ということで、内容にかなりリアリティを感じた。こういうことが今現実に多くの学校で起こっていると考えると絶望的な気分になってしまう。この小説では、みちるの精神的な強さが救いになっているのだけど、自分だったらとても登校できないだろうなあ。

オカダも中学時代、同級生のグループにバカにされて、からかわれたときがあったのだけど、ちょっと仄めかしただけだったのに担任の先生がすぐ反応して対処してくれて、助かった経験がある。熱血漢の体育の先生で、すぐ手が出る人ではあったのだけど、今でも感謝している。その先生でなかったら、と思うとぞっとする。

でもこの小説では、担任の教師も見てみぬふりで、全く力になってくれないのだから救いがない。実際問題として、いじめがあっても先生が気づいて、それに対応するというのは難しいのだろうか。現実には、教師がいじめに荷担する例さえあったし。

親子の間に信頼関係があれば親に相談するはず、とか言われるけど、子どもにもプライドがあるし、親に心配かけたくないという気持ちもあるだろうし、それは難しいだろう。オカダも、親には一切話さなかったし。

いじめ問題について、sivadさんのエントリーイジメという統治システム経由でカラさんの日々雑感・いじめをテーマにしない理由を読んで、概ねそのとおりだと思った。いじめをなくすことはできないだろうけど、それをなんとか大事に至らせないための手立てはあるんじゃないか。

この小説でも、「スクールサポーター」として新人の教師が配属されてくる。目立った働きをするわけではないけど、こういう人がいるだけでも校内が違ってくるのだろう。

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2006.09.29

秋の交通安全運動、その2

秋の交通安全運動の一環ということで、きのうは交通安全指導というのをやった。中学生が登校する時間に道路脇に立って、中学生に交通安全の指導をするということだけど、実際はただ立って見守るだけらしい。

中学生は午前7時から7時30分くらいの間に登校するというので、朝6時半に起床、着替えて現場へ。午前7時というとオカダは普段ならまだ寝てる時間だけど、結構人が動いていた。

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現場は信号機のない横断歩道なので、場合によっては中学生をちゃんと渡してあげなきゃ、ということで旗を借りていった。

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しかし、そんなに車の通行量がないところなので、出番はなかった。正確に言うと、1度中学生とバイクが譲り合う場面があったけど、出ようかと迷ってるうちに終わってしまった。結局、食えない沢庵の格好で突っ立ってただけで終了。

それでも、ほとんどの中学生は向こうからちゃんと「おはようございます」と挨拶してくれて、気持ちが良かった。歌いながら歩いてきたブラス部の女子2人組や、もう始業時間がきたので帰ろうとしている横を、のんびりと通り過ぎた男子2人組もいた。

そして、きのうの夕方、ヤヤーさんのエントリーを読んで、もっとちゃんとやれば良かった、あの場面ではバイクを止めるべきだったかなあと反省。春の交通安全運動のときはちゃんとやろう。

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道路脇の運動施設の一角では、秋の花が咲き誇っていた。ご近所の人がボランティアでお世話をしているそうだ。中学生の頃は、花なんて気に留めることもなく通り過ぎていたなあ。

夕方は、この前とは別の場所でビラ配り。後は、明日の夕方旗を片付ければ秋の交通安全運動もおしまい。ブログに書いてみんなからコメントをもらったこともあって、結構いい経験になった。

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2006.09.26

秋の交通安全運動

平成18年9月21日から30日まで、秋の交通安全運動が行われている。オカダは地域の交通安全協会の支部の役員になっている。うちの町内では、年齢順に番が回ってくるので、引き受けないわけにはいかないのだ。

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きのうは道路沿いで、食えない沢庵@ヤヤーさん の格好で、安全運転を呼びかけるビラとテイッシュ、缶ジュースを通りがかったドライバーに配った。手を挙げて、止まってくれるように合図しても、取り締まりと勘違いしたのか却ってスピードを上げて通り過ぎる車も(笑)。

「安全運転をお願いします」と声をかけながらビラとかを渡す。安西水丸さんの絵に出てくるような、ジャガーの2シーターオープンカーに乗ったワイルドな美女でも通らないかなあ、などと思うのだけど、こんな田舎を通るわけもなし。

例年やってることだから、というので今年も同じようにやったわけだけど、はたして交通事故防止に少しは役に立つのか、ちょっと疑問。日本社会全体が、一定量の交通事故を想定した仕組みになってるような気がする。本気で交通事故を減らすことを目指すなら、もっと交通の仕組み自体を変えないといけないんじゃないかなあ。

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2006.05.12

『私の嫌いな10の人びと』

中島義道『私の嫌いな10の人びと』新潮社 を読んだ。中島さんの本は面白いので何冊か読んでいる。で、著者が嫌いな人はと言うと、

1 笑顔の絶えない人
2 常に感謝の気持ちを忘れない人
3 みんなの喜ぶ顔が見たい人
4 いつも前向きに生きている人
5 自分の仕事に「誇り」をもっている人
6 「けじめ」を大切にする人
7 喧嘩が起こるとすぐ止めようとする人
8 物事をはっきり言わない人
9 「おれ、バカだから」と言う人
10 「わが人生に悔いはない」と思っている人

どれもなるほどと共感できるものだったけど、自分に当てはまるものもいくつかあってギクッとした。その中で、特に「けじめ」を大切にする人の章が印象深かった。

けじめを大切にする人は、極度に常識的な人だという。男と女のあいだのけじめ、夫婦のあいだのけじめ、先生と生徒のあいだのけじめ……等々、真顔で一定のルールをもち出して、「さあ、従え」と迫る。

そして、けじめを大切にする人は、全然考えない人であるという。彼らは、理性や言葉を大切にしない。概念を積み上げ、議論を積み重ねて、真実に至るという方法ほど、彼らにとって疎遠なものなはい。なぜなら、そんなことしなくても、もうはじめからけじめは揺るぎないものとして決まっているからだ。

これを読んで、藤原正彦『国家の品格』新潮新書 に、『人を殺していけないのは、「駄目だから駄目」ということに尽きます』と書いてあったのを思い出した。藤原氏こそ、まさしくけじめを大切にする人なんだろう。

そして著者は、けじめを大切にする人の一種として、「ひとの迷惑になることをするな」と説教する人を挙げる。しかし、「迷惑」とは何か? ある人にとって迷惑でも、別の人にとっては歓迎すべきことかもしれないではないか、と。

hoddyさんが、『禁煙ファシズム』という本を評している。この本は未読だけど、小谷野さんのブログは読んでるので、小谷野さんの主張も理解できる。今の禁煙運動は、「喫煙 = ひとの迷惑になる行為 = 悪」という単純な図式になっていて、タバコを吸いたい人の気持ちが全く無視されているように感じる。

けじめを大切にする人があまり増えると、なんかギスギスして住みにくい世の中になりそうだ。

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2006.02.01

労働と投資

堀江容疑者をめぐる事件を受けて、TVのコメンテーターや新聞の記者が、「額に汗して働くことが大切」ということを喋ったり書いたりしているのを見て、なんか違和感を感じていたら、小田嶋隆さんがそのことについてブログにザ・フール・オン・ザ・ヒルというエントリーに書いていた。

コメンテーターの人たちは、堀江容疑者に対して嫉妬していたのではないだろうか。だから逮捕を受けて「ざまあみろ」という気分になったのではないか。そして、「額に汗して働くことが大切」という道徳的な言葉を述べたのだろう。

「額に汗して働くことが大切」ということは、裏を返せば「額に汗しない労働は価値の低いことだ」ということになる。「日本人はものづくりに励むべき」という主張もそうだが、これらの考え方の根本には、「士農工商」という価値観があるような気がする。

でも、本来人がどのような職業に就こうと自由で、建前としては職業に貴賤はないはずだ。(もちろん多くの人は「職業に貴賤はある」と思っているだろうが。)

であるから、1日中PCの前に座って株式のデイトレードを行い、マウスを動かすだけで何億も稼ぐ投資家だって、立派な職業だろう。それを他人がとやかく言うべきではないと思う。

また、経済において貨幣は血液と言うべきものだから、それが退蔵されずに投資という形で社会を巡るのはとても重要なことだ。株式市場にどんどん資金が流れ込んでくれば、デフレの解消にも役立つだろう。

その一方、オカダ自身のスタンスはというと、内田樹先生が投資家と大衆社会というエントリーで、「株で儲けるというのはつまらないことだ」と書かれている。先生は以前にも「株式投資などに貴重な時間を費やすのはもったいない」と書かれていて、全く同感だ。

従ってTVや雑誌の「バスに乗り遅れるな」式の誘惑に負けず、株式投資には手を出していない。ただ単に面倒くさいという理由も大きいけど。人生は短い。株式投資に時間をさくくらいだったら、内田先生の著書を読んでる方が遙かにスリリングだ。そして旧来型の「間接金融」に貢献すべく、なけなしのお金は金融機関に預金しているのである。

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2006.01.24

容疑者 堀江貴文

堀江社長が逮捕された。オカダが言っておきたいのは、堀江社長は現時点ではあくまで容疑者である、ということだ。

犯罪(証券取引法違反)を犯した容疑があるので逮捕されたのだが、彼が犯罪者であるかどうかは、刑事裁判が確定して初めてわかるのであり、無罪となる可能性もあるわけだ。だから、マスメディアが現時点で彼を犯罪者であるように報道するのは間違っていると思う。

『極東ブログ』のホリエモン、逮捕 や『ふぉーりん・あとにーの憂鬱』の「正義」のコスト を読んで非常に共感を覚えた。今の日本では検察や警察が権力を持ちすぎていると思う。それらの暴走を防ぐ手立てを導入する必要があるのではないか。本来それらから国民を守るべき裁判所が、裁判官と検事の交流が頻繁に行われていて、検察に近い位置に立っているように思える。

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2006.01.09

『天国と地獄』と新生児誘拐事件

一昨日の夜、黒澤明監督の映画『天国と地獄』を、DVDで見た。映画『踊る大捜査線 The Movie』の中に、青島刑事が「これは天国と地獄だな」というセリフが出てきて、それ以来(ふるー(笑))気になっていたのだ。

映画では、三船敏郎演ずる大会社の重役の子どもが誘拐される。三船の家は、横浜の港が一望できる丘の上に立つ豪邸だ。舞台は昭和37年だが、邸宅には既に冷房が完備されている。対する誘拐犯人は、煮え立つ地獄の釜の底のように暑い丘の下に暮らしている。

そして昨日、今回の新生児誘拐事件が、身代金目的であったことが報道された。容疑者夫婦が逮捕されたが、彼らは借金に困っていたようだ。そして彼らが狙ったのは富裕な大病院の院長だった。

今回の事件に、象徴としての社会的な意味を見いだすことはできないだろう。ただ、映画と事件からオカダが思ったのは、日本は高度経済成長以前の、上流と下流の格差、都市と地方の格差の大きい社会に向かいつつあるのだろうということだ。映画の三船の家では、お手伝いさん3人と運転手を雇っていた。現代においても、賃金が相対的に低下していけば、お手伝いさんを大勢雇うことも簡単になるだろう。

前の三浦展『下流社会』のエントリーに、ググル使いさんという方からコメントを頂いていて、ずっと考えていた。確かに、個人個人が正社員でいられるように努力することはもちろん大切だと思う。しかし、求人倍率が2ある時期と、0.5しかない時期とでは、個人の努力にも限界があるだろう。国民が政府に対して、失業率が下がるような政策を求めるのは当然の要求だと思うが、それは「醜い弱者」の姿だと捉えられるのが今の風潮のようだ。

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