『猫を抱いて象と泳ぐ』
朝起きたら世界は死んでいた、じゃなくて、オカダの身体はものすごく不調だった。やむなく仕事はお休み。ひどい頭痛、高熱、胸はむかつき、お腹は重かった。頭を押さえてただ寝ていることしかできなかった。
二日目、目覚めたらだいぶましになっていた。大事をとってもう一日お休み。本を読めるくらいには体調が回復したので、小川洋子 『猫を抱いて象と泳ぐ』 文藝春秋 を読んだ。
唇に産毛の生えている少年は、とあるきっかけでチェスを覚え、やがて天才チェスプレイヤー アレクサンドル・アレヒン(アリョーヒン)に因んで「リトル・アリョーヒン」と呼ばれるようになるが、そのプレイスタイルは独特のものだった。
まさに小川ワールドとも呼ぶべき小説だった。日本ではないことは確かだけど、ヨーロッパのどこの国かわからない、無国籍とでも言うべき舞台、そしていつのことだかわからない時代背景。内向的で、自分の世界に閉じこもっている主人公。彼を見守る人物たちも、同様に心優しく儚い。そして、紡がれるエピソードの一つ一つが優しくて哀しい。世界は不運や邪悪な人間に溢れているけれど、その中でひっそりと肩を寄せ合って生きていくことができればそれは幸福なことだろう。
外は春爛漫。太陽は暖かく、花々は咲き誇り、小鳥たちのさえずりもにぎやか。そんな中ベッドで本を読んでいると、世界から取り残されてしまったような気持ちになった。そういう気分で読むのにピッタリの本だった。
この小説ではチェスが重要なモチーフになっている。リトル・アリョーヒンが行う数々のゲームについての描写は、非常にドラマティックかつ寓意に満ちている。それも、スポーツのような情熱的な感じではなく、ダンスのような芸術的なものとして描かれている。
でも、チェスがどんなゲームか知らなくても、この小説を味わうのに全然支障はないと思う。オカダは、子どもの頃にちょっと遊んだことがあるので、大まかなところは知っている。日本の将棋と比べると、王(キング)をとられたら負けなのは同じだけど、相手の駒を取っても自分の駒として使うことができないところが大きく違う。
この小説は、小川さんの現時点での最高到達点と言えるだろう。『ダ・ヴィンチ』4月号でも、巻頭の「今月の絶対はずさない!プラチナ本」として紹介されていた。でも、好きな人と嫌いな人にはっきり分かれそうな作品だと思うけど。
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