2007.08.03

「宮本常一から学んだこと」

8月1日、山口県周防大島町で開催された「宮本常一生誕百年記念の集い」というイベントに参加してきた。

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船で周防大島の伊保田港へ。周防大島は、瀬戸内海で淡路島、小豆島に次いで三番目に大きな島だそうだ。

宮本常一は、この周防大島出身の日本を代表する民俗学者の一人で、戦前から高度成長期まで日本各地を歩いて回り、日本全国の山村、漁村、離島の民家、民具、祭礼、習俗を調査、各地をフィールドワークし、 1200軒以上の民家に宿泊したと言われ、膨大な取材ノート、写真を残している人。

宮本常一は、その存在がしばらく忘れられていたけど、『だれが「本」を殺すのか』や『東電OL殺人事件』等を書いたノンフィクション作家の佐野眞一さんが、『旅する巨人―宮本常一と渋沢敬三』文藝春秋 という本を96年に出版したことがきっかけとなって、再評価されつつあるそうだ。

オカダが宮本常一に注目するようになったのは、内田樹先生が日本人の社会と心理を読み解くための20冊」の中に、宮本常一の忘れられた日本人を挙げていて、それを読んでから。

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そのイベントで、佐野眞一さんの「宮本常一から学んだこと」という講演が行われた。

佐野さんによると、宮本さんは非常に優れた「読む力」を持っていたという。例えば、一枚の写真を見ただけで、写っている土地の様々なことを言い当てたそうだ。そして、現代の日本人に最も欠けているものがその「読む力」だと。その端的な例が、国民の気持ちを読むことができなかった安倍総理だ、と語ると、満場から笑いが。

最近宮本さんが再評価されているのは、時代が宮本さんに追いついてきたからだという。宮本常一は、既に50年前から地域の過疎化、高齢化について警鐘を鳴らしていたそうだ。そのことは、高齢者ばかりが犠牲になった先の新潟沖地震にも表れているという。

そんな中で、佐野さんは、自分がやってきたことを次の世代に渡すことこそ人間にとって最も崇高なことだ、ということを宮本さんから学んだという。そして、宮本さんからのパスを受けて、自分でボールを蹴ってみること、つまりは宮本さんがやってきたこと、そしてやらなかったことを継承し、次世代に渡すことが自らのやるべきことだと考え、今は満州と沖縄の問題に取り組んでいるそうだ。

非常に内容の濃い、飽きることのない話だった。オカダも、どういう形にしろ、宮本常一からのパスを受けて、自分でボールを蹴ってみたいと思った。

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